2009年1月28日水曜日
『アガサ・クリスティー自伝』を読む
『アガサ・クリスティー自伝』(早川書房)を読み終えました。以前から気にはなっていたのですが退屈だったらどうしようと恐れていました。今は、もっと早く読んでいれば良かったと思います。これは有名作家の伝記という以上に、第一次世界大戦前の、英国の古き良き時代に青春時代を送り、第一次・第二次の世界大戦を乗り超えた中産上層階級の女性の、一つの典型的な人生の物語でした。彼女は作家である以前に普通の女性で、若い頃はパーティーや恋を楽しみ、結婚し、娘の学校選びに悩み、両大戦中には篤志看護婦となり、夫の浮気に傷つき、離婚し、(おそらく心の痛手を癒すために)中近東へ旅行するといった具合に、彼女の年代の人がやりそうなことを、それぞれの年代に行って、人生を存分に生きた人物で、そうした体験が作品に反映されているということがよく分かりました。ことにメアリ・ウェストマコットのペンネームで発表した作品は、その傾向が強いです。たとえば『愛の旋律』です。凡庸だが非常に美しいネルと、自分自身もオペラ歌手であり、芸術家の良き理解者である年上のジェーンとの間でゆれ動く、作曲家志望の青年ヴァーノンの物語ですが、明らかにその凡庸ぶりが批難されているネルの生活や内面、たとえば第一次世界大戦中に篤志看護婦として働く場面などが詳しく描写されているのに首をひねっていましたが、ここは小説としてのバランスを崩しても是非とも書きたかった場面なのではないかと気づきました。『愛の旋律』のこの主要人物3人それぞれにクリスティーの一面が投影されているようです。意外と常識的で俗物的な面はネルに、芸術家としての一面はジェーンに、没落した中産上流階級層の、生まれ育った家に固執する心情はヴァーノンに。
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