2010年5月15日土曜日

「放蕩息子」の帰還

昨夜、太宰治の「帰去来」「故郷」「新ハムレット」を読んだ。「帰去来」は義絶された太宰が10年振りに青森の生家を訪れる話で、それから間もなく母親が危篤になり、今度は妻子も連れて帰郷したおりの話が「故郷」だ。「新ハムレット」は、シェークスピアのパロディーだ。
「帰去来」で再会した母親は優しかったが、太宰がどんな仕事をしているのかよく分かっていなくて、本屋を営んでいるのだろうと思っている。太宰は自分を認めてもらいたくて、十円紙幣を2枚、母親と叔母に差し出すと、2人は顔を見合わせてクスクス笑う。母親はお金を財布にしまい、その財布から熨斗袋を取り出して彼に渡す。中には多額の小遣いが入っていた。
当時の太宰は作家としての立場を確立し、娘も生まれ、落ち着いた生活を送っていたのだが。帰郷の汽車の中で、太宰は新聞に載っていた自作の書評を読む。その作品が「新ハムレット」だ。その中でハムレットの親友ホレーショーは、ハムレットの母親に言う。
「僕のような取り柄のない子供でも、そんなに、まともに(母親から)敬愛されると、それでは、しっかりやろうと思うようになります。王妃さまは、あんまりハムレットさまを悪く言いすぎます。それでは、ハムレットさまの立つ瀬が無くなります。……ハムレットさまを、もっと大事にしてあげて下さい」
私には、太宰が母親やその背後にいる家族たちに、とりわけ父親の死後に太宰の面倒を看てきた長兄に、こう言っているように聞こえるのだ。
「苦しみながらも僕は生きてきました。闘ってきました。あなた方にはずいぶんご迷惑をかけてきたけど、それは申し訳ないと思っているけれど、あなた方が僕の根源的な苦しみに気づいて下さっていたら、僕だってあんな滅茶苦茶はしなかったんです。今では僕も作家として、父親として、人並みな暮らしをしています。昔の放蕩息子じゃないんです。今の僕を認めて下さいよ」
太宰の生家は、使用人も入れると30人を超す大家族だった。母親は病弱で、太宰の養育は叔母や使用人任せで、幼い時に女中や下男から性的な悪戯をされ、自分の身体は穢されてしまったと苦しむ。それを両親に訴えることもできず、慰めを女性たちや酒に求め、自殺未遂を繰り返した太宰。彼の母親なり父親なりが、早いうちに息子の身に起きた異変に気づいていたらなぁと思う。哀しい親子だ。

0 件のコメント: