金曜の夜に、東京国立博物館の「和様の書」展へ行った。和様、つまり日本独自の書法の発生と変遷を貴重な史料で紹介している。自分の筆跡があまりにも拙いので、活を入れるために行った。ふだんはパソコンで作成した書類で悪筆を誤魔化せるが、祝儀・不祝儀の際の封書や履歴書など、改まった場合の文書は手書きになるので、美しい筆跡は社会人としてのマナーの一つだと、最近、つくづく思う。小学生の時に「習字」の練習にもっと身を入れておくべきだった。
今回のお目当ては『御堂関白記』だ。藤原道長の日記で、和紙のような脆い物に書かれた1000年以上前の巻物が、天災や人災を乗り超えて今日まで残されているのは、2000年以上前のエジプトの石碑を観るのとはまた違った驚きだ。この日記は道長の秘書が能筆で書いた1日の記録に、道長自身の走り書きが添えられている。
書の美しさという点では、道長が写経した『金峯山埋経』のほうが感銘を受けた。濃紺の地の巻物に金色の墨で書かれた丹精な筆跡からは彼の、というより当時の貴族達の教養の奥行きが偲ばれた。仕事や家事の合間に学び、身に着けていく中産階級の「教養」とは本質的に異なる知、収入を得たり家政を行うのは使用人任せで、24時間を好きなことに使える人々のみが到達し得る圧倒的な洗練の高み、そんなものが感じられた。道長という人は昔からなぜか虫が好かなかったし、今でもそうだが、あの教養の深さの前には「ははぁー、参りました」と深々とお辞儀したい。「文は人なり」と言うが、文書の内容や表現方法に加え、筆跡にも人の素養や性格が表れるものだと改めて感じた。
それは天下人の書にも表れていた。信長、秀吉、家康の手紙の断片が並べて展示されており、三者三様の人柄が伺えて興味深かった。私は信長の筆が一番気に入った。墨の濃いはっきりとした筆跡で、いかにも彼らしかった。彼は日本史上で一番好きな人物だ。夏目漱石の『坊っちゃん』にも通じる短気で直情径行的な人物は、日本の歴史にはあまり名が残っていないように思う。社会の上層へ行くほど仕来りは複雑になり、その複雑なシステムを熟知して自分の望む方向に物事を展開して行くには、ある種の狡猾さというか駆け引き能力が必要になって来る。それに長けていたのが道長で、彼のような「世渡りの上手い」男が友人だったり味方だったら心強く、信長のような癇癪持ちは身近にいたら堪らないし、平和な時代にはうだつが上がらないだろうが、そうした世俗的な利害関係を離れて単純に好きか嫌いかという判断基準で言えば、私は信長タイプが好きだ。
話が主題から逸れたが、美しい文字はそれだけで美術的な価値があるのを知っただけでも行った甲斐のある企画展だった。
0 件のコメント:
コメントを投稿