2009年11月22日日曜日

英国菓子のことなど

「ティータイムチーズタルト」を作った。山田詩子の『ティータイムのイギリス菓子』(文化出版局)に載っていたレシピだ。ベイグドチーズケーキを作ったのは初めて。まぁまぁの出来栄えか。
菓子はその土地土地の伝統時な嗜好飲料と相い関っている。ベトナムや日本の菓子には緑茶が、イタリアやフランスの菓子には珈琲が、英国の菓子には紅茶が合う。私は紅茶党なので、このところ英国の菓子に凝り始めた、というか、菓子の本を熱心に読んでいる。『ジュリー・カレンの英国伝統のホームメイドお菓子』(河出書房新社)という英国人の著作もいいが、日本ではちょっと入手しにくい材料、専門店やインターネットでは購入できるが近所のスーパーには置いていない材料を使ったレシピも多いので、初心者には日本人の著作の方が向いている。

アンヌ・マルティネッティとフランソワ・リヴィエールという(たぶん)フランス人の『アガサ・クリスティーの晩餐会 ミステリの女王が愛した料理』(早川書房)も読むぶんには面白いが、動物の内臓を使った料理など、日本では入手しにくい材料のレシピが結構ある。「クッキング・フォトエッセイ」と謳っている通り、読んだり、写真を眺めるだけでも十分にクリスティーの世界を堪能できるが。

この本がクリスティーの『さあ、あなたの暮らしぶりを話して』に言及していたので読みたくなり、今日から読み始めたが、本を閉じるのが惜しくて一晩で読んでしまった。「クリスティーのオリエント発掘旅行記」という和訳の副題が示す通り、クリスティが夫の考古学者の遺跡発掘調査に同行した中近東の旅行記、発掘現場の見聞録だ。普通の人にはできない特殊な体験を、クリスティのような世界的な作家が書いたのだから、最高の食材を一流のシェフが調理した料理のごときノンフィクションに仕上がっている。『オリエント急行の殺人』を連想させるオリエント急行での旅、『メソポタミヤの殺人』を彷彿とさせる発掘現場の宿舎での暮らしなどがユーモラスな筆致で描かれているが、特に気に入ったのは1匹の猫と1人の建築技師のエピソードだ。
その猫は、鼠殺しのプロフェッショナルだ。シリアで借りた家で鼠の跳梁跋扈に悩まされ、鼠退治のために借りて来たのだが、餌は与えられずに鼠捕りで自給自足するように躾けられた猫らしく、「沈着冷静、科学的、感情に左右され」ずにビジネスライクに鼠捕りに取り組み、人間が大きな物音を立てると苛立たしげな目を向け、その顔つきがあまりに険しいのでクリスティ達は囁き声でしゃべり、皿やグラスの物音も立てぬようにして食事をするのだ。猫の威嚇にしゅんとする大人達の姿がありありと浮かんできて可笑しい。鼠は5日間ですっかり姿を見せなくなったので猫は返されたが、その後も鼠は二度と現れなかったという。『パタリロ!』のスーパーキャットがなぜか浮かんできて、二重に可笑しかった。
建築技師のほうはマックという青年で、人間にまったく興味を示さない点でこの猫とよく似ている。些細な事には動じない、感情を表に表さないというパブリック・スクール式の教育が行き過ぎたような人物で、人間とは思えぬほど感情を表さず、口数も極端に少ない。現代ならインターネットオタクになっているタイプだが、クリスティがヒステリーを起こしたほど鼠が跳梁跋扈する家でも平然と眠れる、タフ(あるいは鈍感?)な男で、不自由な生活にも不平を言わずに順応して仕事に勤しみ、日を重ねるごとに人間らしい感情の片鱗や欠点も見せるようになって、クリスティも愛着を覚え始める、その変化の過程が生き生きと描かれている。マックが人間らしくなってきた、とは言ってもそこはやっぱり変人で、自分の変人ぶりを自覚していないほどの変人なので、それを周囲の人々に笑われても何が可笑しいのかさっぱり分からない、その様子がまた可笑しいのだ。

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