2017年2月7日火曜日

ヴェネチア病


お正月のイタリア旅行から帰って以来、ヴェネチア病にかかっています。8日間、と言っても往復の日にちを差し引いた正味4日半で、日本より一回り小さな国を北から南へ縦断したので、どの都市の観光も慌ただしく消化不良でしたが、ヴェネチアは夕方から夜にかけての数時間いただけで、それがかえって悩ましいまでの魅力を掻き立てています。今はヴェネチアを舞台にした小説やヴェネチアに付いて書かれた本を読み、映画のDVDを観ています。
昨日はヴェネチアの地図を買い、それを見ながらヴェネチアを舞台にした小説『いま見てはいけない』を読み返したら、臨場感がありました。これから少しずつヴェネチアに関する本や映画などをご案内していこうと思います。



地図

私が買ったのは米国のナショナル・ジオグラフィック社の ”Venice” という英語版の地図。新宿の紀伊国屋書店に、日本語の地図がなかったので。いくつかあった英語版の地図の中ではこれが一番見やすかった。

小説、映画

小説『いま見てはいけない』と、映画化された『赤い影』
『いま見てはいけない』はダフネ・デュ・モーリアの短編。ヴェネチア観光中の英国人夫妻ジョンとローラが、やはり英国から来た老姉妹と出会い、霊能者の姉のほうから、ジョンに危険が迫っているのでヴェネチアを離れるように忠告される。それをローラは信じ、ジョンは否定する。そこへ全寮制の学校にいる息子が入院したという知らせが届き、この事だったのよ、とローラは一足先に飛行機で帰国する。先に愛娘を亡くし、神経質になっていたのだ。1日遅れで車で帰国する予定だったジョンは、帰国したはずの妻を運河で見かけ、彼女を探して出発を延ばす。その夜、何かから逃げている赤いレインコートの少女を助けようとして、彼は殺される。少女だと思っていたのは実は小人の老女で、連続殺人事件の犯人だった。
予言された悲劇を避けようとして返って予言を成就させてしまう、ギリシア悲劇のパターンだ。夜の小路で迷う観光客、じめじめした運河の水、闇に響く悲鳴、連続殺人事件……舞台裏のヴォネチアだ。デュ・モーリアの作品は愛憎の物語の底にミステリーがあり、アガサ・クリスティーの作品はミステリーの底に愛の物語がある。デュ・モーリアの長編『レイチェル』にはフィレンツェが出てくるが、イタリアが好きだったのだろうか。
彼女の作品は長編のほうが面白い。代表作の『レべッカ』が一番好きで何度も読み返しているが、映画のほうはやや退屈で、DVDで観ながら後半は居眠りしてしまった。が、『いま見てはいけない』は映画の方が面白かった。『赤い影』(ニコラス・ローグ監督)というタイトルで、私は映画のほうを先に見た。短編小説は物語の骨子を提供し、監督や脚本家は想像力を膨らませて肉付けし、彼らなりの世界を築いていけるが、完成度の高い小説、特に長編はすでに一つの世界が出来上がっており、読者も予めイメージを抱いているため、原作を超える映画を製作するのは難しそうだ。

小説と映画『ヴェニスに死す』

その点『ヴェニスに死す』は、トーマス・マンの原作もヴィスコンティの映画も素晴らしい。
昨日買った地図を見て、この物語の主要な舞台はヴェニス本島ではなく、海水浴場のリド島のほうだということに改めて気づいた。主人公アッシェンバッハが滞在したホテル・エクセルシオールも、ちゃんとこの地図に載っている。
これは美に魅了されて死んだ男の物語だが、マンや多くのドイツ人にとって「ヴェニス」(=イタリア)は美の代名詞なのだろうか。

小説と映画『リプリー』

映画『リプリー』の紹介文でヴェネチアが出てくるとあったので、パトリシア・ハイスミスの原作を読み返したらその通りだったが、すっかり忘れていた。貧しい米国の青年トーマス・リプリーが、画家志望でイタリアに住み着いているディッキー・グリーンリーフに帰国を促すべく、父親で実業家のグリーンリーフ氏からイタリアに派遣されるが、トムの本当の目的はヨーロッパへ渡ることだった。トムはディッキーと親しくなり同居するが、感情のこじれから彼を殺してしまい、彼に成りすまして金を引き出しては旅を続け、最後にヴェネチアで運河沿いの邸宅を借りる。トムの工作でディッキーは自殺したということになり、トムが書いた偽の遺言書によって、トムはディッキーの資産を遺贈される、という「勧善懲悪」などという思想は微塵もない結末だ。まぁ小説ですから。運河沿いの邸宅に住めるなんて実に羨ましい、と素直に思う。
映画は封切りされた時に観たが、DVDでまた観直そう。

映画『ツーリスト』


久々に観た愉快な娯楽映画で笑いっ放しだったが、意外で粋なエンディングだった。ハリウッド・スターのジョニー・デップとアンジョリーナ・ジョリーが共演するB級アクションと言ってしまえばそれまでだが、ヴェネチアが舞台になることで並のアクション映画とは一線を画している。監督のフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクはインタビューで「この作品のスターは3人いる。ジョニー・デップとアンジョリーナとヴェネチアだ」と言っていたが、まさにその通り。彼は名前からしてドイツ人で、「フロリアン」は有名なヴェネチア最古の喫茶店だ-今回の旅ではガラス窓から豪奢な店内を眺めただけだが、次はぜひ行きたいと思っている-。フローレンス・ナイチンゲールが、フィレンツェ(英語では「フローレンス」)で生まれたことから「フローレンス」と名付けられたように、フロリアン監督の名前にもご両親の思い入れがあるのだろうか?
カフェ・フローリアン


2017年2月2日木曜日

テーブルウェア・フェスティバル 2017

2月1日(水)
東京ドームの「テーブルウェア・フェスティバル 2017」へ行った。和洋の食器やカトラリー、テーブルクロスなどの食卓周りの品の展示販売と、素晴らしいテーブルセッティングの数々で目の保養をした。
好きなグラスを選んでドリンクが飲めるスタンドがあり、ヴェネチアングラスに、プリモ・ロッソを注いでもらった。プリモ・ロッソは、ヴェネト州産の赤のスパークリングワインだ。赤のボーダーと白いレースの模様が交互に入った大きなワイングラスの中で湧き上がる気泡を見ながら、グラスがいいとこんなにもお酒の味が引き立つのかと思った。
ヴェネチアングラスはゴンドラでの酒盛りに耐えられるよう丈夫に作られるようになったそうだが、金が使われるようになったのも、ゴンドラの上でグラスをかざし、水面の光を反射して煌めく様を楽しむ為ではないかしらん、と思った。陽光が煌めく青い水面、その光を反射するワイングラスの輝き-ウーム、実に美しい。
などと思って陶然とし、ほろ酔い気分で家路に向かった。お酒でこんな陶然としたのは初めてだ。酔いが醒めてしまうのが惜しかった。