2013年12月31日火曜日

柚子の枝

 12月30日の夕方、買い物に出た。近郊の農家から作物を売りに来ている屋台で柚子を買った。榊ぐらいの長さの枝に柚子が2つ生っている。それを机に飾った。白い壁に柚子の黄色と葉の緑のコントラストが美しい。柚子の香が仄かに香る。果樹の中で、柚子の香りほど好きなものはない。

モネの美の世界-国立西洋美術館、モネ展

  12月27日(金)は仕事収めで、午後は職場の大掃除だった。その後、国立西洋美術館の『モネ、風景をみる眼-19世紀フランス風景画の革新』 を観た。最近は夜間開館でも混んでいることがあるが、この日は空いていた。仕事収めの日に美術館に来る人なんて、本当に絵が好きなんだろう。ふだんの夜間開館日は私と同じく仕事帰り風の方か、学生が多いが、今回は30、40代のご夫婦も多かった。出口ではキャリーバッグを引く女性を見かけた。帰省の電車に乗る前の時間を都合して来たのだろうか。
 出展作品は国立西洋美術館とポーラ美術館の所蔵品のため以前に観た物もあり、目新しさはなかったが、新たに知ったことや気づいたこともあり、有意義だった。新たに気づいたことの一つは、モネの作品の題材の斬新さだ。蒸気を上げて田舎道を走る機関車を描いた「貨物列車」(図)は、厳格に写実的ではないのに対象をよく捉えていて写実性があり、本当に遠くに走る蒸気機関車を見た気持ちがした。そして、コンパートメントに差し向かいで座るホームズとワトスンの姿が浮かんだ。地方の事件現場に赴く途中で、車窓に広がる草原、点在する民家や電柱を眺めながら列車の速度を推理し、事件に付いて語り合い、報道記事を読む。彼らが乗っているのは貨物列車ではなく客車だけれど。煙を上げる蒸気機関車や工場の煙突、整備された街並みを走る自動車といった郷愁を誘う景色の原風景は19世紀に出現し、当時としては最新技術の産物で、それを描くのがいかに斬新なことだったか、突然、実感できた。ギリシア神話や聖書の一場面でもなく、神の栄光を讃えるためでも教訓を垂れるためでもなく、ただ目に映る景色をありのままに描こうとする姿勢が、宗教画や歴史画の伝統に縛られた保守的な人々にはショッキングで、拒絶反応を引き起こした経緯も。
 モネが約80年にわたって描いた様々な作品を観た後で、晩年の睡蓮の池の絵を観た時は感動した。旅先の目新しい景色が画家の絵心をそそるのはよく分かるし、優れた作品も多いが、朝な夕な見慣れた風景や人々を描いた作品ほど心を打つものはない。「睡蓮の池」シリーズはまさにそうした作品群だ。「自分の最高傑作はこの庭だ」とモネは言ったそうだが、画家が設計した「絵のような庭」、モネの美意識が結集した広い庭園だ。画家達の妻や恋人の肖像画や写真を見ると、その画家が好んで描く美人像に似ていることがよくある。彼の美意識にマッチした容貌ゆえに愛されたのか、彼女への愛ゆえにその容貌が美人の原型になったのかを考えたりするが、モネの庭とそれを描いた連作にも同様に合わせ鏡のような作用を感じる。無限に反復し合うモネの美の世界に私は立ち会っているわけだ。
 1年のいい締めくくりができた。昼の大掃除の疲れで、鑑賞の最後のほうはいくぶん疲れてお腹も空いていたけれど。

2013年12月23日月曜日

カイユボット-ディレッタントの美学

 12月20日(金)にブリヂストン美術館の『カイユボット展』へ行った。その印象を要約すると、「都市のディレッタントの美学」だ。
 ギュスターヴ・カイユボットは若くして莫大な遺産を継いだパリジャンで、趣味三昧の生涯を送った。画業は彼の美的活動の一部で、パリと地方に広い邸宅を構えて園芸とボート遊びに熱中し、庭園の草花やボート遊びをする人々を描いた。印象派の作品を収集し、画家達を援助し、印象派展の開催の肝煎をした。「趣味に生きた」人生で、これを羨まない人がどれだけいるだろう?
 弟のマルシャル・カイユボットと仲が良く、趣味や行動を共にしたが、マルシャルの方は写真に熱中して、ギュスターヴが描いたのと同じ光景を写真に残している。都市開発
によって新しくなったパリ、彼らが住んでいた高級住宅街の街並み、その住人の淑女紳士、彼らのために働く労働者、あるいは室内の家族や友人達のモノクロ写真は、社会的な記録として価値があるが、そうした光景をギュスターヴは正確な筆致で描いている。
 彼の作品では室内画のほうが好きだ。「昼食」や「ピアノを弾く若い男」のように家族を描いた作品が最も迫真性を持っている。どんな画家でも身近な人々や見慣れた光景を描いた作品が一番生き生きしていると思うが、カイユボットの場合は特にそう思う。たぶん彼は内気だったのではないか。豊かな教養と趣味を共有する都市のブルジョア達との一種閉じられた世界で生きた彼には、自宅で寛ぐ家族や友人という題材が一番合っていると思う。
 それと矛盾するようだが、この展覧会で一番印象に残ったのは「シルクハットの漕ぎ手」(図)だ。街から来たばかりの紳士がシルクハットを被ったまま、郊外の川でボートを漕いでいる。紳士は郊外のレジャーを楽しんではいるが、根っこは都会に、パリに属している。それはカイユボット自身の生活のあり方を表しているように見える。彼は地方に別荘を持ち、地方議員も務めているが、根はパリジャンだ。パリの洗練が骨の髄まで染みて、財産と教養に恵まれた人の謙虚さ、控え目さが感じられる。彼の作品にはゴッホの魂の叫びやゴーギャンの鮮やかな色彩、フリーダ・カーロの生々しい自己告白、ダリの強烈な自己顕示はなく、「魂を揺さぶられる」と言うこともない。悪く言えば旦那芸、ディレッタント的だが、それに収まり切らない腕の確かさや視点の斬新さがある。
 
 ところで、マネの絵を観るといつもゾラの小説を連想する。といっても代表作しか読んでいないので、繰り返し読んだ『ナナ』(新潮文庫など)の場面が浮かんで来る。カイユボットの絵を観ても『ナナ』を思い出す。ナポレオン三世治下のパリの高級娼婦ナナを主軸に、彼女の顧客の貴族やブルジョワジーとその妻や娘達、ナナの出自と同じ労働者達-役者、女中、娼婦達が交差する物語世界が、マネやカイユボットの作品を通してよりリアルに浮かんで来る。
 
 


2013年11月6日水曜日

ニッコロ・アンマニーティ

11月6日
ニッコロ・アンマニーティを知っていますか?
私は知りませんでした、先週まで。イタリアの作家です。
彼のトークイベントを聴きに、約十年ぶりにイタリア文化会館へ行ました。
司会兼通訳の女性との対話形式で、イタリア人の長い話を聴いたのは初めてです。
イタリア語は会話の断片や歌しか聴いたことがなかったので。
好きな作家はジャック・ロンドンとアレクサンドル・デュマ、日本の作家では村上春樹とのこでした。
意外と面白いトークで、会場で彼の翻訳本を買いました。
『ぼくは怖くない』(早川書房)という長編で、ニッコロのサインも頂きました。
明後日はこの映画の上映会があり、またイタリア文化会館へ行きます。

帰路の車中でこの本を読み始めました。
冒頭にジャック・ロンドンが引用されていました。

2013年9月8日日曜日

文は人なり 「和様の書」展

 金曜の夜に、東京国立博物館の「和様の書」展へ行った。和様、つまり日本独自の書法の発生と変遷を貴重な史料で紹介している。自分の筆跡があまりにも拙いので、活を入れるために行った。ふだんはパソコンで作成した書類で悪筆を誤魔化せるが、祝儀・不祝儀の際の封書や履歴書など、改まった場合の文書は手書きになるので、美しい筆跡は社会人としてのマナーの一つだと、最近、つくづく思う。小学生の時に「習字」の練習にもっと身を入れておくべきだった。

 今回のお目当ては『御堂関白記』だ。藤原道長の日記で、和紙のような脆い物に書かれた1000年以上前の巻物が、天災や人災を乗り超えて今日まで残されているのは、2000年以上前のエジプトの石碑を観るのとはまた違った驚きだ。この日記は道長の秘書が能筆で書いた1日の記録に、道長自身の走り書きが添えられている。
 書の美しさという点では、道長が写経した『金峯山埋経』のほうが感銘を受けた。濃紺の地の巻物に金色の墨で書かれた丹精な筆跡からは彼の、というより当時の貴族達の教養の奥行きが偲ばれた。仕事や家事の合間に学び、身に着けていく中産階級の「教養」とは本質的に異なる知、収入を得たり家政を行うのは使用人任せで、24時間を好きなことに使える人々のみが到達し得る圧倒的な洗練の高み、そんなものが感じられた。道長という人は昔からなぜか虫が好かなかったし、今でもそうだが、あの教養の深さの前には「ははぁー、参りました」と深々とお辞儀したい。「文は人なり」と言うが、文書の内容や表現方法に加え、筆跡にも人の素養や性格が表れるものだと改めて感じた。
 それは天下人の書にも表れていた。信長、秀吉、家康の手紙の断片が並べて展示されており、三者三様の人柄が伺えて興味深かった。私は信長の筆が一番気に入った。墨の濃いはっきりとした筆跡で、いかにも彼らしかった。彼は日本史上で一番好きな人物だ。夏目漱石の『坊っちゃん』にも通じる短気で直情径行的な人物は、日本の歴史にはあまり名が残っていないように思う。社会の上層へ行くほど仕来りは複雑になり、その複雑なシステムを熟知して自分の望む方向に物事を展開して行くには、ある種の狡猾さというか駆け引き能力が必要になって来る。それに長けていたのが道長で、彼のような「世渡りの上手い」男が友人だったり味方だったら心強く、信長のような癇癪持ちは身近にいたら堪らないし、平和な時代にはうだつが上がらないだろうが、そうした世俗的な利害関係を離れて単純に好きか嫌いかという判断基準で言えば、私は信長タイプが好きだ。

 話が主題から逸れたが、美しい文字はそれだけで美術的な価値があるのを知っただけでも行った甲斐のある企画展だった。

2013年7月21日日曜日

アンリ・ルソー 『詩人に霊感を与えるミューズ』

昨日は、横浜美術館の「プーシキン美術館展」へ行った。年に2、3回の休日出勤があるが、昨日がその日で、仕事が午後2時前に終わったので横浜へ行けた。こうした楽しみがあるから、休日出勤には不平を感じない。代理休暇はもちろん取れるが、出不精なので休日に遠出するのは億劫だ。
 この美術展のお目当ては、アンリ・ルソーの『詩人に霊感を与えるミューズ』(図)だった。ルソーは生前はさほど評価されず、作品が反故として古道具屋で売られていたこともあるぐらいで、作品は散り散りになって世界中の美術館で所蔵されているため、たった1枚の作品を観るために遠出して美術展へ行くことがよくある。
 モスクワのプーシキン美術館の所蔵品は2人の実業家、セルゲイ・シチューキンとイワン・モロゾフのコレクションに負うところが大きい。フランスでも評価が定まらなかったピカソやマティスに着目した彼らの鑑識眼は本物だが、もし『詩人に霊感を与えるミューズ』も彼らのうちのどちらかが購入したのなら、並の美術評論家より遥かに優れた審美眼の持ち主だったということになる。
 この有名な絵には2枚のバージョンがある。最初に描いたのはプーシキン美術館に、2作目はバーゼル美術館に所蔵されている。ルソーの友人であり庇護者だった詩人ギョーム・アポリネールと、その恋人で画家のマリー・ローランサンの全身像だが、画面の前面に「詩人の花」であるカーネーションを描くつもりでニオイアラセイトウを描いてしまい、改めてカーネーションを描き入れた「修正版」を描いた、というのも有名なエピソードだ。2つの作品を比べると、最初のほうがよりヴィヴィットで心に迫る。アポリネールの顔もより実物に似て写実的だ。2度目に書き直したのは、記憶を頼りに描いた、より抽象化され美化された肖像という感じがする。
 美術展では、最初に展示作品全体を駆け足で観てから一番気に入った作品を時間をかけて観るのが常で、今回はこの作品を最初にじっくり観た。人物よりも背景の樹木や、木々の間からのぞく青空のほうがリアルで、心を惹きつけられる。「樹木は、背景というより、彼の絵の陰の主役」だと岡谷公二氏が『アンリ・ルソー 楽園の謎』(平凡社)で述べているが、まったくその通りだ。彼の故郷ラヴァルは樹木の豊かな地方都市で、どんな小さな庭にも樹が繁り、春には鳥の囀りで町中が大きな鳥籠になったという。パリの殺伐としたアトリエに住む貧しい画家の望郷の念、現実よりも彼方のもの、過去のほうをよりリアルに感ずる詩人の想像力の飛翔を切なく感ずる。
 それは、私にも樹木への愛着があるからだ。最近は早起きして一駅分歩くようにしているが、途中で井の頭公園を通り抜けるのるが楽しみだ。背の高い樹木が重なり合って冷んやりとした木陰を作り、あまり手入れされ過ぎずない野趣を残した趣きが好きだ。学生時代からよく来ているので、来るたびに過去の思い出が蘇り懐かしく思う。この公園の緑を見渡せる場所に住むのが、学生時代からの夢だった。今は小さな公園の向かいに住み、ささやかな樹木の植込みを眺めながらこのブログを書いている。「緑豊かな土地に憧れる都会人の郷愁」という点で、彼に共鳴している。

2013年7月4日木曜日

グルーズの少女

 
東京藝術大学大学美術館の「夏目漱石の美術世界展」へ行った。平日の昼間にもかかわらず、思いのほか混んでいた。考えてみれば美味しい企画だ。美術愛好家と文芸愛好家、その両方の愛好家達の来場が見込める訳だから。この企画を考えた学芸員の着眼点は素晴らしい。
 展示作品は、美術愛好家の漱石が作品の中で言及した絵画、同時代の画家達の作品、彼らが装丁した漱石の小説などだ。小説の中に出てくるが実在しない作品を2点、実際に制作させてもいる。夏目漱石の美術観がよく分かった。
 彼の好みは文人趣味だ。作家だから当たり前だが。絵そのものが圧倒的な存在感を放つ力強い作品より、物語の一場面を描いたり、物語を連想させるような叙情的で優美な作品を好んだようだ。私にもその傾向があり、彼と同じく英国愛好家でもあるので、彼の趣味には馴染みやすかった。
 一番気に入ったのは、ジャン・バティスト・グルーズの「少女の頭部像」(図)だ。少女というよりは若い女だ。大人になりかけた少女、未熟と成熟のあわいの揺らぎの時期で、官能的でありながら幼く、清純だ。『三四郎』に出てくるそうだが、覚えていない。ヒロインの美禰子がこんな雰囲気だそうだが、これなら若い三四郎が惹かれるのも無理はない。私もこの絵の前に長いこと立っていた。男性達もこの小さな肖像画の前で足を止めるので、絵の前はいくらか混んでいた。
 
 今日は朝から東京国際ブックフェアへ行き、駆け足で会場を周った。イタリアの本だけはじっくり見たが、ブックデザインが素晴らしかった。
 お昼はアメヤ横丁で、屋台の上海料理を頂いた。「小籠包専門店」の看板を掲げるだけあって、出来立ての小籠包は少し不恰好だが熱々で美味しかった。
 というわけで、今、舌には小籠包の味が、網膜にはふくよかで官能的なグルーズの少女の映像が焼き付いている。

2013年7月2日火曜日

ひさびさの古書店巡り

 今日は久しぶりに神保町へ行った。仕事で神保町にある翻訳会社を訪ね、4時半で仕事は終わったので、その後2時間ばかり当てもなく大型書店や古書店、額縁屋を見て周った。仕事のための本も少しは見たが、たいていは自分が本当に読みたい本―文芸書や歴史の本、美術書、料理の本などを手に取った。何を買ったというわけでもなく、特に役立つ情報が得られたわけでもないが、とても贅沢な2時間だった。

2013年6月30日日曜日

「レオ・レオニ 絵本のしごと展」と『ホビット』

一昨日、「レオ・レオニ 絵本のしごと展」へ行った。会場はBunkamuraザ・ミュージアム。
 レオ・レオニは米国で活躍した絵本作家、イラストレーター、グラフィックデザイナーだ。絵本を創り始めたのは後半生の49歳からで、会場では絵本の原画が展示され、絵本も読めるようになっている。
 彼の絵本は説教臭くなく、純粋に楽しめるところがいい。『びっくりたまご』がいい例だ。鶏の卵を拾ったと思ったらワニが孵化し、そのワニを鶏だと勘違いしたまま終わる蛙達の話で、粗忽者が主人公の落語のパカ話と同じような愉快さがある。
 私が一番気に入ったのは『アレクサンダとぜんまいねずみ』(図)だ。しがない普通のネズミのアレクサンダは、親友のウィリーが羨ましくて仕方がない。ウィリーは玩具のぜんまいのネズミで、その家の娘に可愛がられている。アレクサンダは、魔法使いの蜥蜴にぜんまいのネズミに変えてもらうため、紫の小石を探し始める。ようやく探し当てた時、ウィリーは他の古い玩具と一緒に捨てられるところだった。アレクサンダは蜥蜴に、ウィリーを普通のネズミに変えてくれるように頼む。魔法は叶い、ウィリーとアレクサンダは大喜びで夜明けまで踊り明かす、というお話だ。こうした愉快な絵本の原画は、色鉛筆や水彩の背景に動物達が色紙で貼られているコラージュだ。
 彼の絵本の主人公はネズミや小魚、尺取虫などの小さな生き物だ。そのほうが子どもが絵本の世界に入っていきやすいからだ、と彼は説明している。そう、子どもは小さくか弱い存在だ、肉体的にも社会的にも。
 社会的な意味では、彼も「弱い」存在だった。オランダ生まれのユダヤ人で、イタリアで幸せに暮らしていたのにムッソリーニの反ユダヤ政策のために米国に亡命さぜるを得なかった。政情や社会情勢に左右される庶民は、みんなか弱き存在だ。彼は絵の才能と知性と、おそらくは人柄の良さのおかけで戦争を乗り切り、自分の足場を亡命先で築けた。小さな生き物や変わり者が知恵や団結力で困難を乗り超えるという彼のストーリーの骨子は、彼の生き方を反映しているのだろう。

 先週、映画を観た影響で、今は『ホビットの冒険』の原作を読み返している。ホビットも小人で、今週はどうもファンタジーづいている。まだ読み始めたばかりだが、これが不朽の名作になったわけがよく分かる。ホビット族は決まりきった安楽な生活のパターンを好む英国人のカリカチュアで、この物語全体が英国社会のカリカチュアだ。レオ・レオニは子どもの頃にアクアリウムを持っていて、その中で植物を育てたり蜥蜴などを飼い、自分の力でコントーロール可能な箱庭の世界を築いていたわけだが、「ホビット」シリーズは作者のトールキンの箱庭で、大学教員だった彼が属していた中産上層階級の箱庭でもある。どの登場人物にも短所と長所があり、それがいかにも現実にいそうなタイプなので、大人が読んでもリアリティーを感じる。
 「シャーロック・ホームズ」シリーズもそうだ。子ども時代からの愛読書で今でもよく読み返すし、またそういう大人が世界中にいるのは、この物語にリアリティがあるからだろう。ホームズの素晴らしい才能と我慢ならない欠点の数々、相棒のワトソンの凡庸だが温和で安定感のある人柄、こういう組み合わせのカップルや友人、仕事上のパートナー関係はよくあるし、相手の欠点をけなし合いながら心の底では信じ合っている姿は好ましい。
 人物や物事の短所と長所を客観的に描きながら物語に陰影とリアリティーを与える手法は、男性作家のほうが得意なような気がする。先日、有吉佐和子の『華岡青洲の妻』を読んだが、人物描写の平板さや物の見方が単視眼的なのが気になった。私は原田康子が好きだが、彼女の作品にも同じことを感ずる。一般に、女性のほうが物の見方が善悪二元論的に単純で、男性はもう少し対象から距離を置いて客観的に見る傾向があるように思う。私自身も実生活においては単純な、白黒の区別をはっきりつけたがる女性だが、文芸作品の読者としては、主人公は常に正しく美しく、敵は常に邪悪で醜い、という二元論的構造の作品はリアリティーがなくて単調だなぁと感じる。

2013年6月23日日曜日

『ホビット 思いがけない冒険』 -ホビットはいずこ?

今年のお正月にBBCのテレビドラマ『シャーロック』を観て以来、シャーロック・ホームズ役のベネディクト・カンバーバッチに夢中だ。彼の出演映画をDVDで少しずつ観ているが、今週末はジョン・ワトスン役のマーティン・フリーマン主演の『ホビット 思いがけない冒険』を観た。トールキンの原作は素朴なファンタジーだが、映画はジェットコースターのようにハラハラ、ドキドキの連続で、約3時間の上映時間があっと言う間に過ぎてしまう。心臓の弱い高齢者には勧められないが、この映画を観ながら他界できたらそれはそれで大往生という気もする。
 話が逸れたが、原作の文学作品と、脚本化された映画や芝居、テレビドラマとは別の作品だ。という認識でこの『ホビット』を観た。龍に祖国を奪われたドワーフという小人族の祖国奪還の闘いに、平和を好む小人のホビット族の一人、ビルボ・バギンズが参加する、というストーリーだが、原作ではホビット族のビルボが主役であるのに対し、映画では彼はレポーター的な役回りだ。映画では流離の戦士集団ドワーフ族の旅と闘いに脚光が当てられ、彼らの歴史や国を追われた経緯、周辺の部族達との敵・味方関係などを、ビルボの視点を通して視聴者は理解していく。ビルボは、同じ時刻の電車の、同じ座席に乗って通勤する保守的な英国人のメタファで、単調で平和な日常生活に満足しきって、それを搔き乱すような出来事は好まない。半人半獣のオーク族、妖精のようなエルフ族などの出会いと闘いでファンタジーの世界にのめり込んでいる時に、このホビット君が登場すると一気に英国の茶の間が出現して物語が日常性を帯び、魔術的リアリズムの世界になる。それはマーティン・フリーマンのキャラクターの魅力でもある。
 ベネディクト・カンバーバッチの、演じる役柄になりきってカメレオンのようにキャラクターや容貌を変える演技力は素晴らしいと思っていたが、どの役でもあまり自分の持ち味を変えずに、それでいて役柄になりきっているマーティン・フリーマンの演技力も素晴らしいと思った。いい役者にも様々なタイプがあるのだ。
 従軍記者的な非戦闘員だったビルボ・バギンズが、戦闘の連続の中でやむを得ず武器を取り、戦士へ成長していくのもこの映画の魅力の一つである。

 この映画の中で私が一番魅了されたキャラクターは、ドワーフ族の王、トーリン・オーケンシールドだ。原作では怒りっぽい老人で、映画では素敵な中年だが、共通しているのは欧米人が思い描くところのリーダーの資質を備えている点だ。攻撃の時は先頭に立ち、退却に際してはしんがりを務め、部下達が避難したのを見届けてから最後に退却する。部下の命には常に責任を持ち、強い意志力と頭の良さを備え、そのかわり傲慢で頑固だったりもするが、もしこんなリーダーが本当にいたら付いて行きたくなるだうろ。脚本家や監督は、彼を通して理想のリーダー像を描いているのかもしれない。
 私はこの手の「小さな集団のリーダー」というキャラクターには弱い。トーリン役のリチャード・アーミティッジは素敵なバリトン・ボイスだし。ベネディクト・カンバーバッチが好きな理由の一つも、彼のバリトン・ボイスだ。上の写真の先頭にいるのがトーリンで、ホビットのマーティン・フリーマンはどこにいるのだろう?

2013年6月15日土曜日

アントニオ・ロペスの『マリアの肖像』

先週と今週は現代美術を観た。現役で活躍中の画家の作品を観に行くというのは、私には珍しいことだ。いつも、とうの昔にお亡くなりになった巨匠の作品ばかり観ているので。
 まず、先週末に行ったのが国立新美術館の「現展」だ。現代美術家協会の公募展で、小田島久則氏の作品を観に行った。小田島氏と知り合ったのは昨年末で、職場の近くの小さなギャラリーで個展を開かれていた折りに話をしたのがきっかけだ。先日、「現展」の案内状を頂いたので行ったのだが、小田島氏の作品が一番良かった。どうも現代美術、ことに抽象画は何が描いてあるのか分からなくて苦手だ。小田島氏の作品は輪郭も色彩も明瞭で、動物が主人公のメルヘンチックな画風だが写実的で、実に私の好みだ。

 昨日の金曜日は「アントニオ・ロペス展」を観に、Bunkamura ミュージアムへ行った。アントニオ・ロペスはスペインの画家・彫刻家だということを、この美術展で初めて知った。ポスターピースの少女の絵()が良かったので行ったのだが、やはりこの作品が一番良かった。ロペスの娘の半身像、『マリアの肖像』だ。驚いたのは、これが鉛筆画だったということだ。鉛筆の濃淡だけでここまで写実的な絵が描けるのだ! 人の背丈よりも大きな作品『バスルーム』も鉛筆画で、これにも驚いた。
 人の心を素直に打つ作品というのは、題材が作家が日ごろ目にしている身近な対象か、愛情を抱いている対象だと思っているが、『マリアの肖像』はその両方を兼ね備えている。ロペスが妻と子どもを大切にし、家庭円満だからこそ画業に没頭できているらしいのは作品から伝わってくる。その愛娘の肖像画は写実的でもあり、男親の娘に対する愛おしみも伝わってくる。
 そう、彼の絵は実にリアルだ。この美術展のキャッチコピーも「現代スペイン・リアリズムの巨匠」である。特に風景画は写実的だ。マドリードの王宮の庭園、カンポ・デル・モーロを俯瞰した『カンポ・デル・モーロ』などの大きな風景画は、少し離れた場所から観るとまるで写真だ。もう一つのポスターピース『グラン・ビア』も写真のようだが、このマドリードの繁華街の、夏の早朝の20、30分間だけの景色を描くために7年間も街角に通ったという。それなら写真のほうが適しているのではないか、そもそもこれだけ映像技術が発達した時代に、絵画に写実性を追求する意味は何なのだろう、と考えている。

2013年5月3日金曜日

西陣織に織込まれたフランスのハヤブサ―「龍村平藏『時』を織る」展

 先週に続き、昨日もテキスタイルの美術展へ行った。日本橋高島屋で開催中の「龍村平藏『時』を織る」展 だ。西陣の老舗、龍村美術織物の四代にわたる作品展だが、一般的な「西陣織」のイメージとは異なる異国趣味の作品もあり、「ちょっと面白そう」と仕事帰りに行った。
祇園祭の山鉾を飾る豪華な布、懸想品を観てブッとんだ。ヨーロッパのタペストリーそのものだったので。解説によると聖書の物語を織り出したベルギー製のタペストリーの複製で、オランダの東インド会社が徳川将軍に献上したタペストリーが、どういう経緯か京都へ流れて「貴重な舶来品」として山鉾を飾り、それを日本の織物の技術で復元した作品だった。その横にはラファエロの原画による騎士の肖像の織物が展示され、そのまた横には先週観た「貴婦人と一角獣」のタペストリーの背景の千花文様(ミル・フルール)とハヤブサを青地に織り出した織物()があり、それも江戸時代の作品の復元だった。中世フランスのタペストリーの絵柄が江戸時代の織物の手本になっていたのだ。
 江戸時代にベトナムやヨーロッパの陶磁器が茶人の間で珍重されていたのは知っていたが、織物も同じだったのだ。絵や音楽は言葉の壁を乗り越えてダイレクトに心に響くから、良いものは世界中に普及するらしい。
 その他、古代裂の復元、中国やペルシア、オランダ、北欧の風物のデザインもあった。刺繍ではないかと思う繊細な絵柄で、そのデザインを活かした着物や帯も展示されていた。それは着物というより美術品だった。昔の御殿女中や上流婦人、一流の芸者が着ていた、技術の粋を凝らした着物と、日常着としての着物は別物だ。一流の料亭の料理と家庭のお惣菜が次元の違う物であるように。

 最近、服装や服の手入れがぞんざいになっていたのを反省し、今日は衣類の手入れに重点を置いた。ふだんの休日は食べるか料理するかで1日が終わってしまうのだが。

2013年4月27日土曜日

貴婦人と一角獣展

 金曜日の仕事帰りに「貴婦人と一角獣展」を観た。会場は六本木の国立新美術館だ。
 「貴婦人と一角獣」は6枚一組のタペストリーで、貴婦人と一角獣とライオンが様々なポーズを取りながら寓意を表している。5枚は五感を、「触覚」「味覚」「聴覚」「視覚」「嗅覚」を表し、1枚には「我が唯一の望みに」という文字が織り込まれ、それが何を指すかは様々な説がある。
 私は絵画以上にタペストリーが好きだ。絵筆よりも不自由な手段で絵やデザインが器用に描かれているところになぜだか惹きつけられる。ペルシャ絨毯や刺繍、モザイク画なども大好きだ。その類の作品の中で一番好きなのが、この「貴婦人と一角獣」だ。「我が唯一の望み」と「視覚」の図柄を機械織りしたクッションを持っている。その実物が日本で観られるとは思ってもみなかった。
 期待を持って行き、それ以上に感動した。予想以上に大きなタペストリーで、いずれも縦横3メートル以上ある。それが6枚掛けられているのは壮観だ。ヨーロッパの城はなんと大きかったのだろう!
 その大きさで貴婦人の表情やドレスの襞、宝石の輝きやオレンジの樹が、絵の具で描いたのかと見紛う繊細さで織り込まれている。特にドレスの質感は、素材自体が布なので絵画より写実的でリアルだ。この異常なほどに細かい手仕事とそれを完成させた執念に心を打たれた。1枚を織るのに何年かかるのだろう。それが6枚も! 
 これを織った職人達は当時は名もない存在だったかもしれないが、本物のアーティストだ。彼らがこの企画展を覗けたら、自分の腕前をまったく誇りに思うだろう。文化的な背景がまったく違う500年後の異国人達をもこんなに感動させられるのだから。
 6枚の中では「我が唯一の望み」が最も完成度が高く、一番最後に製作されたらしいが、私が好きなのは「触覚」()だ。理由は単純、この作品の貴婦人だけが髪を結わずに腰までの金髪を波打たせているから。ボッティチェリの「ビーナスの誕生」のように長い金髪を波打たせた美女の絵が私は好きだ。タイムマシンを一生に一度だけ使えるとしたら、私はこのビーナスのモデルになった女性に会いに行く。
 
 展覧会の図録はめったに買わないが、今回は買った。帰りの電車の中で読み始めたが、勉強になっている。タペストリーは部屋の装飾、防寒、間仕切りに使われたというから、屏風と掛軸を合わせた役割をしていたのだろう。中世の頑丈だが無骨で寒々とした石造りの城にこんな華やかなタペストリーが掛けられただけで、部屋の雰囲気は明るく居心地良くなるだろう。
 このタペストリーが国有化される前の持ち主の居城、ブサック城を何度も訪れたジョルジュ・サンドは、タペストリーのある居間に続く寝室に滞在し、心ゆくまで鑑賞したことをエッセイに書いている。なんと贅沢な一時だったことか。

 帰宅して我が家のクッション、「我が唯一の望み」と「視覚」を改めて見た。機械織りの粗雑さに初めて気が付き、「視覚」の図柄が実物とは左右が反転していることにも気が付いた。今ならこのクッションは買わない。何事も「本物」を観た後では、そのコピーのつまらなさに気が付いてしまうものだ。

2013年4月20日土曜日

ミュシャ展

 昨夜はミュシャ展へ行った。会場は森アーツセンターギャラリーだ。「あなたが知らない本当のミュシャ」というキャッチコピー通り、祖国チェコスロヴァキアの独立とスラヴ民族の復興に尽力した思想家・活動家としてのアルフォンス・ミュシャの活動と、そこから生まれた作品の数々は初めて観た。
彼の後半生での社会活動はまったく素晴らしいし、意義がある。だが一絵画ファンとしては、芸術家としての彼の絶頂期はパリでポスターやパッケージをデザインしていた時だったなぁと思う。政治的なイデオロギーが前面に出た絵画や小説は、私は好きではないのだ。小説を読み耽っていた思春期も、プロレタリアート小説にはアレルギーがあった。
 ミュシャが「これぞ私の使命」だと心血を注いだ歴史画の大作より、生活の糧としていくぶん肩の力を抜いて描いたポスター類のほうが、傍の目には面白い。
 その理由の一つは、油彩画家としては強烈な個性がないこともある。下手だったというのではない。デッサンは上手いし、娘と息子を描いた「人形を抱くヤロスラヴァ」(図)と「ジリの肖像」には惹きつけられた。
 他の画家にも言えることだが、身近な人々の肖像画は愛情から来る深い洞察が感じられて格別心を惹かれるもので、「ヤロスラヴァ」のほうは写真のようだった。8歳頃の肖像で、その年頃の少女の肌と心の瑞々しさ、目の前に果てしなく続くように見える人生への期待と怯えが伝わってくる。
 晩婚のミュシャには子ども達は孫のように無条件に慈しむ存在だったようだ。特にヤロスラヴァは肖像画としても絵のモデルとしてもよく描かれている。ポスターピースの「ヤロスラヴァの肖像」では、彼女は「スラブの純潔な乙女」として象徴化され、聖化されている。彼は、妻より娘のほうをより愛していたのではなかろうか? 
 ヤロスラヴァの一連の肖像画は素晴らしい。が、他の油絵なると、昨晩、観たばかりだというのにあまり印象に残っていない。北国の画家らしく色彩が淡いが、印象が薄いのはそのせいではない。人の心に入り込み、鷲摑みにするような強烈な力がないのだ。
 それがポスターとなると! この商品は是非とも買わなくっちゃ、この芝居は観に行かなくては、と思わされる。ここのミュージアムショップは展示会場より混んでいた。レジの前には行列が並び、「5分から10分、お待ち下さい」とスタッフがアナウンスしていた。ミュージアムショップでの行列なんて、初めて見た。彼のデザインは1世紀後の東洋人の購買欲をも刺激する。まさに消費社会の使者だ。
 私もお土産を買った。「人形を抱くヤロスラヴァ」の絵葉書と、チケットホルダーだ。サラ・ベルナールのポスターがプリントされていて、片面が「ジスモンダ」、もう片方は「椿姫」だ。ミュシャのポスターの中では、出世作の「ジスモンダ」が一番好きだ。
 処女作にはすべてがある、と言われるが、「ジスモンダ」のポスターにもミュシャの魅力と特徴のすべて、ビザンチン的、スラブ的な意匠が凝らされている。

2013年4月1日月曜日

飛鳥山へ

  昨日は日曜日。目が覚めたら午後4時45分だった。
 こんなに爆睡したのは何年ぶりか。ピザトーストを作って食べ終えると、「笑点」の時間になった。ふだんはこの番組のオープニングの曲で週末の終わりを実感するのだが、昨日は目が覚めると週末が終わっていた。
 金曜の夜と土曜日に花見へ行ったのと、そのために泊まりがけで遊びに来てくれた友人をもてなすちょっとした事前の準備などでいくらか気が張っていたのの反動だろう。金曜日は六義園の夜桜を、土曜日は飛鳥山公園の散り始めた桜を見た。
 公園内の北区飛鳥山博物館で「ボンジュール、ジャポン」展を観て、飛鳥山が幕末は郊外の行楽地だったことを知った。今の高尾辺りへ行く感覚で、江戸の庶民は飛鳥山へ遠出したのだ。今では商業地帯兼住宅地だが。東京という街はどんどん増殖し拡大しているのを、改めて実感した。
 

2013年3月24日日曜日

ラファエロの「大公の聖母」

 先週の金曜日に国立西洋美術館のラファエロ展へ行った。ポスターピースの「大公の聖母」を観て、いいなぁと思って行ったのだが、この作品が一番の呼び物で、美術展でもこの絵の前は人だかりがしていた。
ラファエロはメジャー過ぎて特に興味も湧かなかったのだが、「大公の聖母」を観て、なぜ彼があんなにも高く評価されてきたかが分かった。優美さ、色彩の黎明さ、確かなデッサンに基づく写実性―要するにとてもイタリア的な、ルネッサンス的な画家なのだ。
 彼の作品の最大の魅力と特徴は「優美さ」だろう。法王や枢機卿といった高位の聖職者や貴族から好まれたのもその優美さ、上品さゆえだろう。それが最もよく発揮されるのが聖母像で、自然と聖母子像の注文も多かったのだろう。
 「大公の聖母」はトスカーナ大公フェルディナンド3世が終生愛好していたことから付けられた名だが、この作品が感動を与えるのは、一つにはトスカーナ大公の愛着ぶりのせいだろう。美術の目利きの筈の大貴族が片時も、旅行中も、ナポレオン軍の侵入にる亡命中も持ち歩いていたと聞けば、「そんなにも魅力のある作品なのか」という感動が予めインプットされ、現物を観ると確かに素晴らしい作品なので感動が倍増する、という仕組みになっている気がする。
 「モナ・リザ」が人に感動を与える理由の一つも、作者のレオナルド・ダ・ヴィンチが引越しの多い人生で終生持ち歩き、加筆を続けていていた、というエピソードにあると思う。私生児のレオナルドは5歳までは母親に育てられたが、それ以降は父親に引き取られたので、真の母性を、「限りない受容」を求める心情が「モナ・リザ」に修正を加え続けさせ、その執着が観る者の目にリアリティを持って迫ってくるのかもしれない。
 ラファエロも子どもの時に母親を亡くしたので、限りない受容と慈愛を求める気持ちが「母親」を理想化させ、聖母子像に昇華され、それが人の心を打つのではないか、と思った。実際の母子関係は美しいばかりのものではないし、女性はけっこう意地が悪かったりするので、彼の「聖母像」はけっして生身の女性ではなく、男性が望む「理想の女性」のエッセンスだ。
 
 美術展を見終わって、「ラファエロはどんな人生を送ったのだろう」と思った。ミュージアムショップに彼の伝記があったので買った。ヴァザーリの『芸術家列伝』の抄訳(白水社)だ。帰りの電車の中で読み始めたが、実に退屈な伝記だった。金曜の夜ということで1週間分の緊張がほぐれたせいもあり、眠くなった。あまりにもラファエロを褒め称えすぎているのだ、作品も人物も。面白かったのは、彼が女好きで、短命だったのも放蕩が祟ったせいだ、というエピソードくらいだ。
 史料としては実に貴重な、しかし娯楽用の読み物としては退屈な本だと思ったが、ボッティチェルリやアンドーレア・デル・サントなど他の画家の伝記はわりあい面白かった。ちゃんと画家の人間としての欠点や作品の短所にも触れているので。伝記に取り上げられるほどの芸術家だから優れた人物であるのは分かっている。その「マエストロ」達の欠点を知ることで読者は人間味を感じ、共感を覚えるのだ。きっと、ヴァザーリはラファエロに心酔していたのだ。だから欠点が描けなかったのだろう。

2013年2月24日日曜日

玉子料理とそれにまつわるエッセイなど

 2月の三連休に、久し振りにお菓子を作った。「ノルマンディー風りんごのスフレ」というお菓子だ。2時間かかった。アップルパイのフィリングのような林檎の甘煮に、卵を泡立てたメレンゲを乗せてオーブンで軽く焼く、というお菓子を作り慣れた方ならササッと作れるだろう何と言うことはないレシピなのだが。お料理を始めたばかりの頃は、夕飯の支度に2時間かかったことを懐かしく思い出した。今は平日の夕飯の支度は30分を目安にしている超手抜き料理だが。                                 これは藤野真紀子さんの『スフレ』(雄鶏社)という本に載っていたレシピだ。写真が見るからに美味しそうなので以前から作りたい、作りたいと思っていた。この本を買ったのも10年以上前だ。昔、新宿に「ジョルジョサンク」という喫茶店があり、そこの香りの高いアールグレイと焼き立てのふわふわのスフレケーキが大好きだった。高めのお値段で、学生の頃には本当に高値の花だった。そんなことからスフレケーキに憧れてこの本を買ったが、ふだんの食事の支度もろくにしていなかった頃なので、写真を眺めてはウットリと味覚の妄想の世界に浸っていた。
 「ノルマンディー風りんごのスフレ」は、初めて作ったわりには失敗はしなかったが、合格といえるのかどうか分からない。メレンレゲが表面だけは美味しそうに焦げているのに、スプーンですくうと中は液状だった。完成品を皿に切り分けた写真でもメレンゲはドロッとしており、レモンメレンゲパイのようにカッチリした感じではない。メレンゲパイのメレンゲは卵白だけで作るが、このスフレのメレンゲは卵黄と薄力粉も加えるので、こんなカスタード風のドロドロでいいのだろうか??? 実際に見たことも食べたこともない料理を初めて作る時は、失敗したのか成功したのかよく分からない。
 と言いつつ出来たてをアッという間に平らげ、「そうだ、写真を撮るんだった!」と気づいた時は半分以上、平らげていた。上の写真はその残骸である。
 
 この頃、よく玉子料理を作るが、それは早川茉莉さん編集の『玉子ふわふわ』(ちくま文庫)の影響だ。題名道り、玉子料理にまつわる随筆を収録したアンソロジーだ。新宿丸井の調理雑貨のお店で料理のレシピ集やエッセイ集なども置いてあったが、なかなか良い品揃えで、その中の1冊がこの文庫本だった。冒頭のエッセイが森茉莉さん、次が石井好子さんという実に私好みの選択で、読むこと、食べること、料理することが好きな人には実に魅力的なラインナップだ。私は相当食い意地が張っており、お料理エッセイに夢中になっては「こういう本を読む時間があるなら古典の名作を読むべきだったのではないか」と後ろめたい気持ちになるが、早川さんは私の何層倍も上をいっている。よくこれだけ料理にまつわる作品を読み、その中から玉子料理の作品だけを取り出せるほどの読書の蓄積があるなぁと感じ入ってしまった。
 このアンソロジーの中に卵白を硬く泡立てて作るスフレオムレツが出てきて、最近の週末はこれをよく作っている。昔から知っているレシピだが、以前よりは卵白を上手く泡立てられるようになっていて、それが楽しい。そんなことから冒頭の『スフレ』の本も読み返したのだ。
 森茉莉さんと石井好子さんのオムレツのエッセイは秀逸で役にも立つが、私には以前からお馴染みの話だ。津田晴美さんの「風邪ひきの湯豆腐卵」は役に立った。湯豆腐の真ん中を刳り貫いて卵を落として蓋をし、ポーチドエッグにするという物だ。簡単そうだが、2度作ってみて、2度とも玉子が好みの固さには固まってくれなかった。またトライしよう。

お菓子作り

今日はシフォンケーキを焼くつもり、だったが、とんでもない寝坊をして、それどころではなくなってしまった。

 先週末はアップルパイを焼いた。右がその写真だ。いつもより長く焼いたのでパイ皮がパリッとしたが、底の皮は相変わらず生焼けの感じだった。パイの底まで皮がパリッと焼けているアップルパイを見るたびに、どうやったらあんなに上の皮を焦がさずに底まで火が通せるのか不思議に思う。
 私が一番美味しいと思うのは、紀ノ国屋の「アップルスタング」という長方形のアップルパイだ。型には入れずに焼ける形で、中の林檎の味も、底までパリッとしたパイ皮も申し分がなく、学生時代からのファンだ。たまにアップルパイを焼く時は、あの味を思い浮かべながら作っている。


2013年1月27日日曜日

パティスリー・サダハル・アオキ・パリのチーズケーキ

 金曜は給料日だった。というわけで、「パティスリー・サダハル・アオキ・パリ」で、チーズケークシトロネ、というレモン風味のチーズケーキを買った。パリで活躍中の日本人パティシエ、青木定治氏のお店だ。
 以前、ここでマドレーヌを買った時に思ったが、フランスのお菓子は私にはやや濃厚すぎる。コーヒーに合うように作られているからだ。紅茶党の私には、英国風のあっさりした素朴な味わいのほうが合う。で、ちょっとためらったが折角なので買ってみた。美味しかった、思ったほど濃すぎなくて。

 青木氏や彼のファンが私の感想を読むことがあったとしたら、怒るだろうなぁ。ヨーロッパで活躍されている名パティシエで、私も尊敬している方だ。しかし、味覚は最も保守的な器官だ。英国びいきの紅茶党の舌には珈琲文化圏のフランスやイタリア、ドイツなどのお菓子は、たまに頂くぶんには目先が変わっていいけれど、いつも「ちょっとヘビーだなぁ」と思う。