2010年7月10日土曜日

ゴーギャンの『ノアノア』を読んで

ゴーギャンの『ノアノア』(ちくま学芸文庫)を読んだ。彼の第1回目のタヒチ滞在記だが、描写力が素晴らしい。話の運び方が強引で分かりにくかったり、自分に都合の悪い点はぼかして書いてあったりして、不誠実な感じを受ける箇所も間々あるが―書きにくい事ならまったく触れなければいいのに、中途半端に触れているので―、そんな事はどうでもいいと思わせる迫力がある。
彼は画家、「観る人」だ。「書く人」、作家ではない。だが並みの作家が及びもつかぬ迫力でタヒチの風物を、人々を描き出す。彼の観たタヒチは、その絵画と同じく強烈な陽射しと原始性と花々の香りに満ちている。
ちなみに「ノアノア」は、「芳しい香り」という意味のタヒチ語だ。

ゴーギャンは1891年6月から2年間、タヒチの人々と共に暮らし、絵を描いた。現地人の妻を娶り、集落の人々と共にカヌーを漕いでマグロ漁へも出る。ゴーギャンが釣上げた大きなマグロは頭を棒で殴り付けられ、カヌーの中でのたうち回る。
「多面のきらきらする鏡に姿を変えたその体は、千の火の煌めきを散らしていた。」
どうです、この描写力! 鮮烈な映像が浮かんで来るではありませんか。
夕方になり、漁を終えたゴーギャン達は帰路を急ぐ。
「熱帯の夜は早い。夜の先を越さねばならなかった。二十二本の精悍な腕が櫂を海につっこみ、漕ぎ手は、気を奮い立たせるために、調子をとって叫んでいた。我々のカヌーのうしろに、青白い水跡が開いていた。」
力一杯櫂を漕ぐ11人の男達、波を蹴立てて進むカヌー、船尾に表れては消えていく白い波の筋が鮮明に浮かんで来る。

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