2010年5月6日木曜日

太宰治の「富嶽百景」

洗濯物の乾きが早くなった。もう夏だ。

昨夜、太宰治の「富嶽百景」を読んだ。彼の作品にしてはじめつきが少なくて、独特の剽軽な持ち味が出ている秀作だ。こんなにいい作家だったかしらん、と見直した。べつに私がどう思おうと、彼が優れた作家であることに変わりはないけれど。
彼は小説より、こうした随筆のほうが面白い。自分を美化せず、卑下もせず、淡々とユーモラスに出来事を語っている。作家の随筆なので、虚構や誇張も混じっているのかもしれないが、小説として読んでも随筆としても面白い。
富士を見渡す、甲府の御坂峠の茶屋に二階借りをした、初秋から初冬までの滞在記だが、特に茶屋の娘とのやりとりがいい。作家として崇拝を受けていい気持ちになり、しかし男としては警戒されていることに気が付いて傷ついたり、茶屋のおかみが外出して娘が一人の時に客が来ると、用心棒代わりに―なんて頼りない用心棒!―店へ降りて行き、後で客の棚卸しをしあったり。峠の向こう側へ嫁ぐらしい金襴の花嫁姿の客が来て、余裕たっぷりな態度で富士山を眺めて大あくびなんぞをしたので、太宰は「馴れていやがる。あいつは、きっと二度目、いや、三度目くらいだよ」と言い、娘は「図々しいのね。お客さん、あんなお嫁さんもらっちゃ、いけない」と言い、結婚を間近に控えた彼は顔を赤らめる。ああ、彼って実に人間味のある、優しい、いい人だなぁと思った。だから女性にもてたんだろうけど。

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